二百十日とはどんな意味で読み方は?風や台風の厄日?

『二百十日』という言葉があります。
「日」という文字がついているので、ただの数字ではないことはわかります。

日という文字がつくということは、ふつうに考えたら日付ですけど「210日」って日付では何のことだかサッパリわかりませんよね。

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私たち現代人にとっては馴染みのない言葉ですが、あなたの生活においても関係ないとは言い切れない意味があるようです。

二百十日とは?読み方と意味は?

二百十日の読み方

「二百十日」の読み方は「にひゃくとおか」です。

「なにー?そのままやないかい!!」とツッコまれそうですが、まさにマンマです。

それにしましても「にひゃくとおか」って何の日付よ?!と思いますよね。

2018年の二百十日はいつ?

これは、立春から数えて210日目のことをいいます。

「なぜ立春から数えるのか?」はこちらの記事をご参考にされてくださいね。

立春は毎年2月4日ごろをいいますが、今年2018年で言えば・・・・2月4日でした。
ですから2018年の二百十日は9月1日(土)になります。

二百十日の意味

二百十日とは農家さんが季節の変わり目を把握するために使われた『雑節(ざっせつ)』のひとつです。
つまり、季節の移り変わりの目安となる「季節点」ということですね。

9月のはじめのこの時期は、稲が開花し実を結ぶ時期にあたります。

ところが、この時期は台風によって農作物が被害を受けるので、農家さんにとっては厄日とされていました。
ただし実際は、必ずしもそうとは言えません。

二百十日は三大厄日のひとつ

二百十日は「二十四節気」や「五節句」とならぶ「雑節」のひとつとお伝えしました。

もともと二十四節気は中国から伝わってきたものです。

昔の農家さんはその二十四節気で季節を把握していましたが、二十四節気だけでは季節の変化を読み取るには足りないと感じたので、雑節を生み出しました。

つまり二十四節気を補助するための雑節は、日本独自のものということです。

その雑節には「二百十日」の他に「二百二十日」というものもあります。
「にひゃくはつか」と読みます。

それからもうひとつ「八朔」というものがあります。
「はっさく」と読んで、旧暦の8月1日にあたります。

この「二百十日」「二百二十日」「八朔」の3つが「農家の三大厄日」として恐れられてきました。

風を鎮めるための風鎮祭『風祭り』

農作物に被害を及ぼす「風」を農家さんは三大厄日として恐れ、そしてその風を鎮めるための祈祷の儀式などが行われてきました。

それが『風祭り』と呼ばれるものです。

風祭りには決まった形式はなくて、地域によって様々なものが伝えられています。

奈良県の竜田神社の風鎮祭

大和盆地にある竜田神社は、大阪湾から吹き込む風がとくに強い地域です。

竜田神社では天御柱・国御柱の風の神二柱をお祀りし、伊勢太神楽、竜田神楽、湯焚きなどが奉納されます。

富山県八尾町のおわら風の盆

富山県富山市八尾町で受け継がれてきた『越中おわら風の盆』は、胡弓の音色に合わせて編笠をかぶった男女が踊り歩く幻想的なお祭です。

暴風を吹かせる悪霊を踊りに乗せて追い出そうとする風祭りです。

東北の南風祭り

東北地方で伝わる『南風祭り』は男女二体の人形を川に流したり、村境で焼いたりします。

これは風の悪霊を人形に移して、流したり焼いたりすることで追い出そうとする風祭りです。

長野県の風切鎌

長野県のある地域では二百十日の前日に「トウセンボウ」という風祭りが行われてきました。

獅子舞や神楽で神を慰めて、風が吹いた時に風の悪霊を切ってしまおうということで、屋根の上に鎌(かま)を取り付けたのです。

この鎌を『風切鎌』と呼んでいます。

台風による被害

このようにして昔から台風などの強い風や雨は恐れられてきました。

それでは、じっさいに稲などの農作物にはどのような被害があるのでしょうか?

強風

強い風が吹くと、長く伸びた稲の茎が折れたり、根元からなぎ倒されたりもします。

花が咲いて実がつく時期なので、すでに稲は頭が重たくなっています。
ですから簡単に倒れてしまうのです。

水害

風がさほど強くなくても、大雨になると雨のあたりが強くなり、荷重がかかるので倒れてしまう確率が高くなります。

さらに大雨によって田畑が冠水してしまうと、稲などの作物は腐ったりダメになります。

白穂

実を結ぶこの時期に稲が高温で乾いた風にさらされると、水分を失って乾き、白穂(しらほ)という白く枯れた状態になってしまいます。

二百十日とはどんな意味で読み方は?風や台風の厄日?のおわりに

農家さんにとって自然はトキに味方であり、トキには敵に変貌します。

敵へと変わる自然を、昔の農家さんは悪い神や悪霊の仕業だと信じて、それを追い払う儀式を行ってきたのです。

そしてその時期に二百十日、二百二十日、八朔という三大厄日を設定しました。

現代のように科学の発達がない時代だからこその人間の知恵と言えるでしょう。

とくに私たち日本人は、常日頃から知恵をひねり、工夫を凝らしてあらゆる敵から身を守ってきた傾向が強い人種かもしれません。

それはやはり、農耕民族として守らなければならないものがあったことが、大きく影響していると考えられます。

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