北海道胆振東部地震で全道停電ブラックアウトはなぜ起こったの?

北海道が大きく揺れてブラックアウトがやってきた

北海道で2018年9月6日に地震が起きた。
深く寝静まった夜中の3時すぎ。
私も深く眠りについていたため、前兆などは全くわからない。

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いきなり大きく揺れて目が覚めた。
縦に横に。

2階で寝ていた私はスグに1階で寝ている次男のもとに走った。
階段を駆け下りるが揺れが激しくて体が左右に振られ、壁にぶつかりながら駆け下りた。

大きな掃き出し窓を開けて外に出られる準備をした。
そうしているうちに大きな揺れはおさまった。

家族全員が1階に降りてきた。

東京でもたくさん地震は起きた。
そして北海道に来てからも十勝沖地震なども経験した。

しかし、死を連想させられる地震はこれがまだ2度目だ。
それから寝られなかった。

そしてしばらくして真っ暗になった。
停電だ。

幸いにも停電は何度か経験していて、2年前の台風ではひどい停電を経験させられた。
しかし今回の停電は長すぎた。
その時の比にならない。

それにしても、なぜ北海道全体が停電してしまうような事態になったのか?

苫東厚真火力発電所に頼りすぎた北海道の電力事情

9月6日、午前3時7分に北海道胆振管内厚真町(いぶりかんないあつまちょう)を震度7の大地震が襲った。

その1分後の午前3時8分に苫東厚真火力発電所(とまとうあつま)にある2号機と4号機の
ボイラー管が縦揺れに耐え切れずに損傷したという。

このボイラー管は高温の水蒸気を運ぶ役割をしているものだそうだ。

この時点で北海道全域の電源の4割を失った状態になった。
一瞬にしてだ。

このときに北海道電力(以下「北電」)はブラックアウトを想定したのだろう。

もしもブラックアウトに陥ると、発電機を動かすのに必要とされる電力もなくなって、復旧させるにはかなりの時間を要する。

そこで北電が下した判断は「停止してしまった4割に相当する電気の需要を一時的に停止させる」というものだ。

そうすることでブラックアウトを逃れて、停電の回復を早めようとしたのだという。

北電は札幌を含む道央圏を残して、道北や函館などの地域の電気を遮断した。
そのいっぽうで北電は本州から電気を取り込むことに動いた。

「北本連系線」と呼ばれる本州と北海道を結ぶ送電線のシステムのことで、どちらかの電気の需要バランスが崩れてしまった場合に、自動的に電気が送られる仕組みになっているものだ。

午前3時11分その時点では道内の電気の需要バランスは不安定とは言え、なんとか保てていたらしい。

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北電がブラックアウトとした午前3時25分

停電に陥っていた釧路では午前3時15分頃にいったん送電が復旧されたという。

ところが午前3時25分に、3基の中で唯一動き続けていた苫東厚真火力発電所の1号機のボイラー管の損傷が、深刻化して自動停止してしまった。

この1号機の停止が原因となり、道内のほかの発電所が連鎖的にすべて止まってしまったというのだ。

そして道内の発電所がすべて停止してしまったことで、本州からの送電も取り込めなくなってしまった。

この時点をもって北電は「ブラックアウト」とした。

北海道の電気が、いかに苫東厚真火力発電所に頼っていたか、ということが露呈された。

この点には疑問を抱かざるを得ないだろう。

そして今後、北海道が「北海道の電気は苫東厚真火力発電所頼り」という問題の解決に取り組まなければ、道民は納得できないと言えよう。

胆振東部地震のブラックアウト!もうひとつの問題点

午前3時25分に起きたブラックアウト。

ところが午前3時28分の時点で後志管内(しりべしかんない)の倶知安町(くっちゃんちょう)と岩内町の病院では送電が続いていた、ということです。

それは、それらの病院のために送電されていたわけではなくて、地理的に言うその先の施設に電気を送らなければならないため。

その施設に電気を送るための送電線の途中に、たまたまそれらの病院があっただけ、と捉えていいのだと思います。

その施設とは「泊原子力発電所」です。

停止中の泊原発には使用済み核燃料が大量にあります。

その使用済み核燃料を冷却し続けなければならないために、北電はなんとかして泊原発にだけは電気を送らなければならなかったということです。

北海道胆振東部地震で全道停電ブラックアウトはなぜ起こったの?の【まとめ】

今回の大地震では個人的にもかなり大きなショックを受け、生活にも支障をきたしました。

いや、この記事を書いている今現在もまだ元の生活には戻っていません。
いまだ思うように買い物もできておりません。

そしてなによりも精神にダメージが・・・・。
体験した揺れと、あのときの恐怖が身体と頭に染み付いたままです。

1週間を経過しましたがいまだに熟睡なんかできません。
いつまたあの揺れが来るのかと思うと、落ち着かなくなります。

じっさいにこの記事を書いている今も微妙に揺れています。
錯覚などではなくて、部屋にあるものも揺れているので間違いないでしょう。

小さな余震も1日に何度か起きています。

自然災害はやむを得ないことだとは思いますが、備えに注力することがまだまだ必要ではないでしょうか。

それは私たち個人にも言えることですが、大きな組織にはなお一層見直していただきたいと願うばかりです。

パソコンを使ってこの記事を書いている私が言うのもなんですが・・・・「便利」って私にとってはあまり価値がない。

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